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| 人生100年時代…超長寿社会を迎える日本で、いくつになっても吠え続けている男がいる。 目まぐるしく移り変わる時代の中で、死ぬまで夢を見続ける大切さを、今作で日高正人は、本気!?(マジ)で吠えている。
 それは、今の混沌とした世の中であっても、 常に新しい夢に向かってチャレンジし続けてきた日高正人だからこそ、語れる歌であろう。
 少しでも、そんな生き抜く活力になっていただきたい…。
 
 作詞には田久保真見、作曲にはEXILEの『SUMMER TIME LOVE 』の作曲者「真白リョウ」を起用し、ロックテイストに和を取り入れたポップなサウンドに仕上がっている。
 
 イラスト/赤塚不二夫
 ジャケットで使用されているイラストは、「天才バカボン」等で有名な漫画界の異端児 赤塚不二夫氏の作品によるもので、赤塚氏との友情から生まれたものだ。
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| 「木守り」とは、来年もよく実るようにと、木にひとつふたつ取り残しておく果実…を意味する 
 日本映画界の巨匠 黒澤明監督は、庭の柿の実に一切手をつけなかった。
 また誰にもつけさせなかった。
 それは、人間はいつでも手に入れることができるからだ。
 しかし鳥たちにはそれができない…。だから鳥たちのために残しておいた。
 自然を愛する「思いやり」の心…
 それが数々の名作を生んだ原点なのではないでしょうか…?
 
 日本人に語り継ぎたい「思いやり」の心
 日高正人はこの歌にのせて語り継ぎます。
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| 土の匂いに溢れた、無名のスーパースター、日高正人!! 団塊の世代へのハートフルな応援歌!
 
 五十の齢をはるか過ぎても、まだまだ生きてみたい夢が有るから…
 日高正人の28年ぶりとなる、クラウン復帰作!
 前作同様たきのえいじ・杉本眞人両氏のペンによる、同世代に語りかけるメジャーバラード。
 個性の塊のような日高正人の歌声の裏側にある、人間愛が染み渡ります。
 穏やかに吹き続ける大陸風のように、
 日高正人の歌声が、団塊の世代の男たちの心を揺さぶり続けます!!
 
 過ぎし人生をしみじみと振り返りつつ、「もう少し生きていいですか…」と、謙虚にかつ前向きにこれからの人生を生きる決意が込められている。日高正人人生応援歌3部作の“第3弾”
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| 「自分らしく生きるのはこれからだ!」と、 団塊の世代への応援歌としてリリースした前作『やじろべえ』から4年・・・。
 時には力強く…。時にはやさしく…。これまでもいくつもの人生を唄い続けてきた日高正人がたどり着いた「癒しの人生応援歌」がこの『下北沢挽歌』である。
 昔懐かしい、東京・下北沢の酒場を舞台に、60半ばの男の本音を描く
 日高正人歌手生活40周年記念作品。
 
 ♪それでも分からぬ明日など 今日が終われば風まかせ♪
 
 あせらず、ゆっくり、進もうか…。
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| 無名でありながら単独で日本武道館、横浜アリーナでのワンマンコンサートを成功させたり、ライフワークとも言える「いもづるの会」コンサートを30回連続で成功させるなど、常に新しいことに挑戦し続けている日高正人。彼の40周年を機に、デビューからこれまで数ある楽曲の中からピックアップしたベストアルバム企画。ジャケットには楽曲解説付き。 | 
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| 「オンリーワン」を超え、人の普遍に迫るベスト16曲… 
 団塊世代とその先輩層が、このベストアルバムに耳を傾けると、誰もが己の人生とダブらせつつ聴くことになる。
 まず美声と艶がある。そう、笑っちゃいけねぇ、あの頃は誰もが紅顔の美少女・美青年。夢を追い、恋に慄き、これが愛だと叫んでいた。1曲毎に異なる曲相と歌唱…。そこに各時代の音楽シーンも伺える。やがて幾つもの傷を負い、場末の酒を覚え、情熱に奮い立ったことを思い出す。
 気が付けば"春夏秋冬何十年"。守るべき者を抱きつつの艱難辛苦。その声・歌唱も浮世の荒波に晒され、次第にいぶし銀。したたかに滋味を深めて「ナンバーワン」より「オンリーワン」の矜持が支えになる。
 …そして今、人生の折り返し点をとうに過ぎ、日高正人40年終盤の歌々を聴けば、彼が"人生なんてこんなものさ"と微笑んでいるような気がしてくる。「ナンバーワン」も「オンリーワン」の誰もが、結局は裸ひとつで地に還って行くだけじゃないか…と人生を諦観するより他になし。きっと、それが人の普遍の姿なのだろう。ならば日高の兄ぃ、あとは格好良く枯れてみましょうゼ。
 そう思えば何故か故郷の景色が浮かんでくる。屋久島の縄文杉を見上げて人は涙するという。
 このアルバムには縄文杉にも似た、厳しい現実の荒波に耐え抜いた男のすべて、「オンリーワン」をも超えた人の普遍の姿がある。
 日高の兄ぃにカ・ン・パ・イ!!
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| 唄だけに一喜一憂した40年…。 その証(あかし)を残せるベストアルバム『無名のスーパースター』。
 まさに我が人生のようだ。
 かかわってくれたすべての人に感謝いたします。
 
 そしてまた夢の続きを…一緒に…
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| 歌手生活36年、還暦を過ぎて初の新曲は、来年から一斉に定年を迎える団塊の世代に向けた応援歌。「やじろべえ」のようになんとか折り合いつけながら生きてきた世代に、“自分らしく生きるのはこれからだ”という、まさに同世代である日高正人からの前向きなメッセージが込められている。 | 
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| チョイワルオヤジも チョーワルオヤジも チョイグーオヤジも これからも元気でいこうぜ〜!! 
 時代に流されることなく、ただひたむきに歌い続ける日高正人。そして、36年間歌いつづけ、60歳を超えた今なお、常にネクストワンにこだわり続けているその姿は、多くの人々、また、著名人らの心をも動かし、そして魅了し続けてきた。そんな日高正人はこれまでにも数々のメッセージを送り続け、多くの人々に夢と勇気を与えてきた。その、ある意味集大成でもあり、また、日高正人が長年描き続けてきた世界観がたきのえいじ氏と都志見隆氏という二人の作家との運命的な出会いにより、形となったのがこの「やじろべえ」である。
 2007年問題。言うまでもないが、これは、高度経済成長を支え、現代の社会の基礎を作り上げたいわゆる、「団塊の世代」の人々が一斉に定年を迎え、技術の継承などへの影響が懸念されているというものであるが、それはまた、仕事が生きがいで生きてきた人々にとってはその生きがいを失い、そして自分自身をも失いかねない。歌ではそういった人々に対する、“自分らしく生きるのはこれからだ”という、まさに同世代である日高正人からの前向きなメッセージが込められている。そしてさらに、ただひたむきに走り続ける日高正人自身へのメッセージでもある。
 最近、これまで以上に日高正人の歌が心に沁みるようになってきた。それはきっと音楽もダウンロードする、そんなデジタルな時代だからこそ、その対極にある、超アナログの日高正人の魅力がさらに際立ってくるというのも一つの理由なのかもしれない。そして、同時に本物は色褪せないということを日高正人は教えてくれた。
 36年かかってこの曲にたどりついた。そしてまた、
 60歳を過ぎた日高正人が歌うからこそ心に沁みる。
 日高正人にとって「やじろべえ」は到達点や通過点ではなく、まさにスタートラインなのである。
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| あれから23年を経て、ぼくは彼に作品を書くことになる。 5月10日に徳間ジャパンから発売される「やじろべえ」である。・・・
 ともかくこの歌をぼく自身が惚れているのである。
 スティングを好きなように、エリック・クラプトンを好きなように。ぼくにとって好きとは、相手がメジャーだろうが、村一番だろうが、どうでもいいのだ。つまり、好きは好きなのである。この位置に日高さんのこの歌が在るのである。”この歌がぼくの最後の歌のつもりで頑張る”・・・彼はそう云ってレコーディングを終えた。
 
 「日高さん、この歌が始まりだよ。この歌をもって又武道館へ行こうよ」
 「いいな、もう1回やりたいな」
 
 人は別々の場所で、それぞれ色々なことをやり、歴史を刻み生きている。会っていない時間がとても重要で、お互いが顔を合わせた瞬間、相手にパワーがあるかないかが判る。無い時は充電すればいい。あると感じられたら、すぐ行動に起こせばいい。それだけの話である。我慢するにも自信がいるし、行動するにも又自信である。迷いが一番悲しい。
 
 「あせらず、1年かけて、この計画を立ててみようよ」
 「うん、元気が出てきたな、たきのさん。1万人か、凄いな」
 「おもしろいな日高さん。23年前、ご自身でやってきたのに、おもしろいな。その気持ち」
 
 ♪生きて人生 やじろべえ ひと息つくには まだ早い
 叶う叶わぬ そのまた夢を 追っていこうか 人知れず
 
 サビのフレーズである。この言葉に、彼のブルージィーな渋い声がよく似合う。
 彼の生きた時間のすべて、生き方までが映像のように連なって聴こえてくる。胸の中というより、もっと生々しく、そう、胃袋に沁みてくる。そんな彼の歌声を聴きながら、通り過ぎてきた遥か彼方の遠い時間を重ねていた。
 こんなにも温かな声をもっている人とは知らなかったし、たくましさと又切なさも伝わる。土の匂いもするし、風のような爽やかさも感じる。そうだ、野草の歌だ。
 ひとつの事にただひたすらにつらぬいてきた人には、必ずひとすじの道が切り開かれていると思っている。歩いてきた道こそ歩ける道なのだ。たくさんの枯葉をもって日高さんの道がそこにある。
 
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| 作詞家 たきのえいじ | 
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| なんとも言えない味がある歌だなあ。 日高正人の”やじろべえ”。5/10に発売になるが、待ち遠しい。
 おそらくすぐには浸透しないと思うし、
 オリコンの順位がどうのこうのということにもならないかも知れない。
 そしてもしかしたら、それこそ息の長〜い歌になる可能性だってある。
 宣伝にお金をかけれるわけではなく、余計なタイアップもない(今のところ)。
 いや、いらないって思ったりする。何十年か前、彼は武道館を満杯にした。
 アリーナの真ん中にステージを組んで360°のお客さんに包まれて。
 
 顔だけは知っていた程度だが、発注が来た。
 たきのえいじ氏の詩先で作った。そよ風のように心を触ってくれる詩だった。
 だから俺も、そよ風に吹かれながら書いた。こんな作品を待っていたといってくれた。
 はっきり言って、今まで曲書いて来て、面と向かってあんなに感謝されたのは初めてだった。
 それも心の奥から聞こえて来た。
 
 年齢なんて関係ない。ビッグネームである必要もない。
 心から歌いたいっていう気持ちがあれば、そんな人にはどんどん書きたい。
 大事に歌ってくれると思う。長く歌ってくれると思う。
 アリのように小さい力かも知れないし、亀のようにのろいかもしれないが
 ひょっとしたら、日本の隅々まで届くかもしれない。それが歌ってもんだ。
 
 がんばれ!日高さん!。
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| 作曲家 都志見 隆 | 
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| 日高正人の歌を俺が初めて聞いたのは「漁火酒場」(昭和58年)だったから、もう20年以上も前の話になる。そしてデビューはそれから遡ることさらに13年、昭和45年の「鹿児島の雨にぬれて」、36年のキャリアということか。よく売れもせずここまで頑張ってきたことにまず、敬意を表せざるをえない。そう、“売ろう”という姿勢がこの男の歌からは伝わってこないのだ。どこか、きっちり座識軸が座っていて、今風(でもないが)に言えばメッセージ・ソング。「港町三文オペラ」、前作の「いいから…」、幅広いジャンルの曲をこなしながら、彼の主張だけは堅固に人の耳を、いや心を撃つ。涙もろく、人柄は滅茶苦茶いい。だけど、歌における頑なさが邪魔になっているのではないか、正直、時として思うことがあった。勿体ないな、と。しかし、俺のその考えは浅はかだったね、新曲を聞いて。そうか、ここにひとつの焦点をあてていたのだ。 「やじろべえ」(TKCA-90110)である。この歌を聞き終わって、耳に残像(こんな表現はないか)として印されたのは、霧降る夜更け、コートの肩を落とし、帽子に手をやりながらどこへとも知れず消えて行く彼の姿勢であった。こんなシチュエーションは歌詞のどこにもない。そうか、歌が終わったあとの世界を、日高は聞き手に、いや俺自身に提示してくれたのだ。こう理解するまでにかなりの時間を必要とした。「歌は3分間のドラマ」とよく言われる。陶酔の3分にせよ、反発の3分にせよ、3分1秒後に聞き手は現実に引き戻される。感動が大きければ大きいほど、現実のギャップを埋める闘いは厳しいものとなる。だが、日高はその先の想いを定めて、この曲を歌いおさめたのだろう。頑固ともいえるそのメッセージは、歌詞の一言一句を取り上げて是非を論ずる、そんなスケールの小さいものではないことを教えてくれた。
 「やじろべえ」、右に左に揺れながら、絶妙のバランスを取り続けるその支点、中心点にこそ日高がいたのだ。♪これからどうするまだ道半ば…、団塊世代の応援歌、♪生きて人生やじろべえ
ひと息つくにはまだ早い…、2007年問題はもう目前だ。だが、日高の新曲は真正な意味で生きる勇気を与えてくれた。
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| MUSIC MAGAZINE (2006年8月号) 「野沢あぐむの痛快!艶歌まる齧り」
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